3.15.2009

「ウォッチメン」原作コミック解説(4) CHAPTER 2 [P40~P48]

<P40>
女神像の右目に溜まった雨粒は、涙を思わせる。また、形は違うが、ピースマークの血痕にも通じるものがある。

背景のビルに係留された飛行船は、人々の頭上に吊るされた爆弾に見える。

<P41>
PANEL2

真っ赤な花、真っ赤なベストなど、以後、保養所のシーンでは赤系統に偏った彩色が成されていることに注目。赤=血=ブレイクの死の暗示か。

サリー・ジュピターのベッドの上に革新系の雑誌『ノヴァ・エクスプレス』が置かれている。ちょっと意外な組み合わせではある。もう一冊の雑誌の裏表紙の広告は、ヴェイト社の香水ノスタルジア。

PANEL3
DR.マンハッタンを乗せた政府公用車が墓地に到着。入口ではドライバーグとヴェイトが握手している。
ヴェイトに傘を差しかけているのは彼の運転手。二人の様子からドライバーグとヴェイトは旧知の間柄と思われるが、ドライバーグがいつヴェイトに自分の正体を明かしたのかは不明である。少なくとも1977年の引退後であることは間違いないだろうが、過去においても特に近しい描写もなく、DR.マンハッタンには自分からは正体を明かしていないことを考えると(P131 PANEL5参照)、二人の親密さには若干の違和感を感じなくもない。
門の前に花束を持ったモーロックが立っている。

PANEL5
DR.マンハッタンが墓地に入る間、警官隊が通行を制限しており、右端の人物は手を振り上げて抗議している。いつものプラカードを掲げたコバックスはおとなしく待っている。DR.マンハッタンは全身をオーラで覆っているため、傘は必要ない。

PANEL7
ブレイクの柩には星条旗がかけられている。これは故人が軍人であったことを示しており、ブレイクの場合は、太平洋戦争、ベトナム戦争への従軍経験を認められたものと思われる。世間的には"外交官"と発表されていた模様(P252 PANEL4参照)。

DR.マンハッタンとヴェイトが握手を交わしている。ドライバーグはローリーとの会食の件でDR.マンハッタンに話がありそうなものだが、二人が会話をしている気配はない。
画面左上では、コートを着た人物が軍隊式の敬礼をしている。

PANEL8
卓上のカレンダーから、葬儀が10月16日に行われたことがわかる。

PANEL9
墓地に入るブレイクの柩を見つめる3人の態度の違いに注目。ヴェイトが敬意を表す中、ドライバーグは眼鏡を拭いており、DR.マンハッタンはあらぬ方向をよそ見している。ちなみに3人はまだ墓地の外にいる。

<P42>
PANEL2

一行が墓地に入る。通行規制が解除され、コバックスが門の前にさしかかる。雨に溶けて流れた絵の具は、流血を思わせる。

PANEL4
門の前では、トランシーバーを持った政府関係者や警官が、煙草を吸いながらヒマをつぶしている。何かにおののくようなコバックスの表情に注目。

PANEL5
サリー・ジュピターの個室の壁には、若き日の写真がところ狭しと飾られている。

PANEL7
ネペンシー・ガーデンズ保養所:カリフォルニアにある高級養老院。ネペンシーとは、古代において、痛みを和らげるために使われた薬草などの総称である。部屋の窓には太陽が丸く映り込んでいる。

PANEL8
3人の並び順が先程と入れ替わっている。

<P43>
PANEL1

納棺を前にしても、DR.マンハッタンは心ここにあらずといった風情。

PANEL2
サリーの化粧台の上の香水は、ヴェイト社のノスタルジア。

<P44>
PANEL3

ティファナ・バイブル:1920年代から60年代にかけて流行したポルノ漫画の総称。モノクロ、8ページというのが一般的な体裁で、旅回りのセールスマンなどが子供にこっそり売りつけていたという。ティファナとは、サンディエゴにほど近いメキシコの都市の名前だが、なぜその名がつけられたのかは、バイブル(聖書)の部分も含めて、もはや定かではない。アンダーグランドコミックスの先駆けではあるが、誰が作ってどういうルートで売りさばいていたかなどの記録はもちろん残っておらず、解明が待たれるところである。内容は、人気マンガのヒロインや映画の人気スターがひたすらセックスするというものがほとんどで、現在の目で見ても過激な描写が多い。『プレイボーイ』など、合法的なヌード雑誌の登場で衰退・消滅したとされる。

ブロンディ:1930年に連載が始まった、チック・ヤング作の新聞マンガ。ダグウッドとブロンディのバムステッド夫妻のゆかいな家庭生活を描き、戦後の日本でも大人気を博した。

メイ・ウェスト:1893~1980。1930年代から40年代にかけて人気を博した元祖セクシー女優。際どい物言いや衣装で物議を醸したが、その素顔は、自ら台本を書き、セックスシンボルのイメージを演出した、生まれながらのエンターテイナーであったという。

<P45>
PANEL1

卓上カレンダーの日付から、この写真が撮られたのは、1940年10月12日あるいは22日のこととわかる。
ミニッツメン記念写真(映画版より)


プルトニウムは、核兵器の原料となる放射性元素で、原子炉内でウランから生成される。核分裂の容易さから、核兵器に最適の核分裂物質とされ、極めて高い発癌性を持つ。なお、実際にプルトニウムが初めて合成されたのは、1941年2月23日、カリフォルニア大学バークレー校でのことであるが、戦時下の出来事であり、一般には秘匿されたという。この研究は、原爆開発計画「マンハッタン計画」に引き継がれ、わずか4年で原子爆弾を生み出すことになる。

PANEL2
HJ:フーデッド・ジャスティス(HOODED JUSTICE)の頭文字。

PANEL3
ヨーロッパで~:1940年10月当時のヨーロッパは、39年9月1日にドイツがポーランドに侵攻して始まった第二次世界大戦の真っ只中にあり、この時点でドイツは、ポーランド、デンマーク、ノルウェー、オランダ、ベルギー、フランスなどを次々と占領し、破竹の勢いを誇っていた。ドイツは8月に、イギリス上陸作戦のための制空権確保を目的とした、対イギリス航空戦、いわゆる"バトル・オブ・ブリテン"を開始するも、イギリス空軍の頑強な抵抗にあい、大きな損害を蒙っていた。
一方、アジアでは1937年以来、日中戦争が続いていたが、そちらには興味がなかった模様。

交戦状態にない:1940年10月当時のアメリカは、1929年の大恐慌の傷が未だ癒えておらず、自国の建て直しが優先だという空気が支配的だった。そのため、時の大統領ルーズベルトは、ナチスドイツに対しては、イギリスへの経済援助、日本に対しては経済制裁で対応し、たが、1941年12月7日(日本時間8日)、日本軍の真珠湾奇襲を機にドイツ、日本、イタリアの枢軸国に対し宣戦布告を行った。

ポーランド人も~:サリーがポーランド系であり、その出自を隠していることへのあてつけ。19世紀後半に大量に渡米したポーランド系移民は、経済難でアメリカを目指した農民が多く、その教育の低さもあって卑下されることが多かった(プロテスタントが主流派を占めるアメリカにおいて、彼らのほとんどがカソリックであったことも、その立場を不利にした)。ポーランド系の女性はブロンド美人が多いとの評判もあるが、ショービジネスの世界では、ポーランド系に特徴的な名字を嫌い、芸名を使うことがほとんどだった(ロシア系なども同様である)。なお、1940年10月当時のポーランドは、1939年9月1日のドイツ侵攻、9月17日のソビエト侵攻により、独ソ両国によって分割占領された状態にあった。翌41年6月には、独ソが戦争状態に入り、激戦の舞台となったポーランドは辛酸を極めることになる。
なお、シルエット自身はユダヤ系であり、ポーランドはユダヤ系人口の高さで知られているが、信仰する宗教の違いは、両者の間に大きな溝を刻んでいたという。シルエットとサリーが打ち解けられなかったのは、互いの血筋にも原因があったと考えるべきだろう。

PANEL5
オウルズ・ネスト:直訳するとフクロウの巣。ナイトオウルの秘密基地(恐らくは単なるガレージ)の名前。

PANEL7
モーロックの太陽鏡:詳細は不明だが、日光を利用した武器だと思われる。

<P46>
PANEL9

キング・モブのゴリラマスク:モブとは暴徒の意味。ゴリラのマスクを被り、たくさんの手下を引き連れた犯罪者だったと思われる。

<P47>
PANEL9

時計に注目。窓の外が暗かったことから時刻は夜だと思われるが(P45 PANEL1参照)、さすがに遅すぎる。破滅時計の象徴と見るべきだろう。

<P48>
PANEL2

シルク・スペクターとお楽しみ中の男のカバンには、"アクメ歯ブラシ"と書いてある。アクメとは、ギリシャ語で"最高"を意味しており、コミックスやアニメで架空の社名として頻繁に使用されている。特にワーナーブラザースのアニメ『ルーニー・チューンズ』に顕著。

PANEL6
壁にかけられた初代シルク・スペクターの画は、セクシーな美人画で有名なアルベルト・ヴァーガス(1896~1982)から贈られたもの。ペルー出身のヴァーガスは、1933年公開の映画『ノーラ・モランの罪』のポスターで話題を集め、40年代には"ヴァーガ・ガールズ"と呼ばれた『エスクワイヤ』誌のピンナップで一世を風靡した。
アルベルト・ヴァーガス(→Google Image)風に描かれた
初代シルク・スペクターのピンナップ(映画版より)。
イラストはコミックアーティストのジェームス・ジーン。


TEXT BY 石川裕人