PANEL3-4
1985年のヴェイトのアップが、1966年のオジマンディアスにオーバーラップする。
PANEL5
クライムバスターズの第一回例会が行われたのは、1966年4月のこと。
フランス、NATOからの脱退を表明:現実では、フランスがNATOから脱退したのは、1966年7月1日である。North Atlantic Treaty Organization(北大西洋条約機構)は、ソ連を中心とする東側陣営に対抗すべく、アメリカ、ヨーロッパ諸国が結成した軍事同盟で、1949年に創設された。軍事同盟とはいえ、実質的な防衛の要はアメリカが各国に配備した核ミサイルであり、アメリカへの依存度は極めて高かった。この状況を由としないフランスが独自路線を歩むとしてNATOを脱退したものの、冷戦終結まで東西の軍事衝突を回避し続けることには成功。現在では、域外地域の危機管理にその目的を移している。なお、フランスはNATO創立60周年の2009年4月の復帰を表明している。
心臓移植患者、経過は良好:実際の世界初の心臓移植手術は、1967年12月13日に南アフリカのケープタウンで行われた(患者は18日後に死亡)。作品世界では、DR.マンハッタンの関与により、1年以上早まったものと思われる。
部屋に置かれたコンピュータは、1964年にIBMが発表し大流行した世界初の汎用コンピュータ、システム/360と思われる。当時のIBMは、コンピュータを販売ではなくレンタルしており、システム/360のレンタル料金は、月額2700ドルから、となっていた。現在の価値に直すと1万ドル以上はすると思われるが、素顔のキャプテン・メトロポリスはよほどの資産家だったのだろう。
<P50>
PANEL1
時計に注目。例会が開かれたのは確かに夜だったが(P293 PANEL3参照)、それにしても遅い時間である。やはり破滅時計の象徴だろう。
PANEL2
キャプテン・メトロポリスが指摘している社会腐敗には、麻薬や暴動に加えて、黒人問題、反戦デモも含まれており、彼の政治姿勢が伺える。
PANEL3
コメディアンが左胸にピースマーク(スマイリー)を付けていない。理由は、クライムバスターズの例会が開かれた1966年時点では、まだピースマークが世に出ていなかったためである。
マークの誕生については諸説あるが、『ウォッチメン』出版にあたりDCコミックスは、ピースマークを商標登録しているスマイリーワールド社の許諾を得ている。スマイリーワールド社の主張によれば、ピースマークは1971年に、フランス人の新聞記者フランクリン・ルーフラーニが、"明るい"ニュースの目印として記事に添付したのが始まりだという。
ちなみに日本では、1970年8月に文具メーカー、リリック社が、アメリカで流行中のピースマークを使った文具類を見本市に出品。10月からサンスター文具と共同で商品展開を行い、大ヒットしている。リリック社は、アメリカで自然発生的に誕生したもので、作者は不詳としているが…。
いずれにせよ、1971年のベトナムでは既に胸にあることから、登場してすぐに取り入れたことになる。
<P51>
PANEL7-8
世界の救済を訴えるキャプテン・メトロポリスの姿が、神に救いを求める神父にオーバーラップする。何かを思い詰めたようなヴェイトの表情にも注目。20年経ってもほとんど変わりがないのには驚かされるが、額や目元に若干の衰えが感じられる。
<P52>
PANEL3-4
モーロックの持つ花束が、祝勝の花火にオーバーラップする。
PANEL5
ニクソン大統領、勝利を宣言:作品世界におけるベトナム戦争終結は、1971年のこと。現実では、アメリカは1973年にベトナムから撤退した。
ベトナム戦争:1950年代末より1975年まで続いた、第二次世界大戦以降で最大規模の戦争。そもそもは、フランス植民地からの独立を目指す民族独立運動が発端であり、北ベトナムことベトナム民主共和国を共産主義陣営が、南ベトナムことベトナム共和国をアメリカが支援したことから、東西対立の代理戦争の様相を呈し、泥沼化の一歩を辿る結果となった。中国、北朝鮮と、東南アジア地域の共産主義圏拡大を懸念したアメリカは、1955年に北ベトナムに対抗する形で南部に親米政権を樹立させ、1961年より間接的な介入を続けていたが、1965年には20万の大兵力を派遣。直接介入に乗り出した。こうした動きに対し共産主義勢力は、南ベトナム解放民族戦線を組織。ソビエト、中国、北ベトナムの支援を受けた解放民族戦線は、最新兵器を揃えたアメリカ軍をゲリラ戦法で苦しめた。
長引く戦争に、アメリカ国内には反戦ムードが広がり、反戦平和が叫ばれるようになった。さらに、国際世論もアメリカを非難し、政治、経済、社会、あらゆる面で疲弊したアメリカは、1973年のベトナム和平協定の成立により、南ベトナムからの撤兵を決定した。その後も南ベトナム軍は抵抗を続けたが、1975年のホー・チ・ミン作戦により、解放民族戦線が全ベトナムを完全解放。独立と南北統一が実現した。
アメリカにとっては初の敗戦であり、世界の警察官としての威厳の低下は、アメリカ国内において、人種問題、麻薬問題など諸問題を噴出させ、戦後アメリカの一大転換期となった。
<P53>
PANEL1
サイゴン:ゴ・ディン・ジェム新米政権の首都。アメリカ軍総司令部の所在地でもある。
コカ・コーラ、ミラー・ビール、ゴードン・ジンと、実在の飲料、酒造メーカーの看板が見える。
PANEL4
人間の耳のネックレス:数々の残虐行為が行われたベトナム戦争では、殺した相手の一部を切り取る行為が流行したという。そういった行為は太平洋戦争でも行われたが、ベトナム戦争ではそれらの残虐な行いが広く世界に報道された結果、反戦機運が高まり、アメリカの敗北へとつながっていった。
PANEL5
ヘリコプターの前でVサインをしているのは、はるばるアメリカから駆けつけたニクソン大統領。ディックは彼の愛称である。
次の選挙:2度目の当選を目指す1972年の大統領選挙のこと。現実でも当選を果たした。作品世界では、2度目どころか、1976年、1980年、1984年と、実に5選を果たしている。
<P54>
PANEL7
顎から垂れた血がピースマークに落ちて、おなじみのパターンを描いている。ベトナム人女性の死の予告か。
PANEL9
銃の撃鉄を起こしただけで発砲していることから、戦争が終結した後の基地内でも、常に銃を発砲可能な状態にして持ち歩いていたことがわかる。
<P55>
PANEL8-9
死んだ女性を前に思案するDR.マンハッタンの姿が、柩に入ったブレイクの死体を前にした現在の彼にオーバーラップする(花火と花束も)。何を考えているのか。
<P56>
PANEL3-4
ドライバーグの回想の導入部だけ、他の二人とは違って直接的なオーバーラップが使われていない。
PANEL4
反ヒーロー暴動が起きたのは1977年夏。画面左に「宝島」が見えることから、この場所はドライバーグのアパートの近くということになる。
コメディアンがマスクを被るようになったのは、ベトナムで受けた傷を隠すためだろうが(P54 PANEL6参照)、傷とは逆の左目に、傷を思わせるデザインが施されているのが興味深い(あるいはピースマークの血痕の鏡像か?)。いずれにせよ、とてもヒーローのものとは思えない
暴力的、SM的なイメージのデザインである。
コメディアンが乗っているのは、ナイトオウルの飛行艇"アーチー"。ナイトオウルのモデルであるブルービートルが操る飛行艇"バグ"を模したものである。
<P57>
PANEL2
画面中央の眼鏡の女性が着ているTシャツには"レイプに反対するゲイ女性の会"のシンボルマークに似たシンボルが描かれている(P163 PANEL8参照)。この時期には既に運動が始まっていたのか。
PANEL6
アーチーの機体の染みの形状は、ピースマークの血痕を思わせる。
<P58>
PANEL3
あの誘拐事件:6話で詳細が明かされるブレア・ロッシュ誘拐事件のこと。
PANEL8-9
コメディアンを呆然と見送るナイトオウルの姿が、ブレイクの柩を見送るドライバーグの姿にオーバーラップする。ここまでの3人の回想は、全て同じパターンで締めくくられている。
<P59>
PANEL1
土をかける男性は、襟に階級章のついたシャツや左手の制帽から軍人だとわかる。精悍なその顔は、チャールトンコミックスのスパイヒーロー、サージ・スティールを思わせる。P442のムーアの初期構想からすると、スティールがカメオ出演していても不思議ではないが。
ヴェイトとドライバーグが別れの握手を交わしている。立ち去るモーロックをDR.マンハッタンがいぶかしげに見つめている。DR.マンハッタンを囲む物々しい警備の割には、簡単に参列できていることが奇異にも思える。どこかで見ているであろうロールシャッハを、モーロックと引き合わせるためのヴェイトの差し金とは考えすぎか。
ヴェイトとDR.マンハッタンが別れの握手を交わす。それぞれのシンボルをかたどったカフスボタンに注目。ここでもドライバーグとDR.マンハッタンの交流は描かれない。ところで、今や一般人であるドライバーグが政府のエージェントであったブレイクの葬儀に参列するとは、引退時にも正体を公表しなかった彼にしては不注意な行為にも思える(実際、警察はこの参列がきっかけで彼の正体をつかんだ P252参照)。
また、誰が彼を招待したのかという疑問も残る。葬儀の前後に握手を交わしていることからヴェイトの招待だと思われるが、ドライバーグが自らの計画の障害にはならないと判断したからこその行為だろうか。
墓地を立ち去るモーロック。右側のフェンスの向こうに、コバックスのプラカードが見える。葬儀の間中、ここに立っていたものと思われる。
<P60>
PANEL1
画面左、小脇にニュー・フロンティズマンを抱えた男性は、髪型にチョビ髭、そして右腕を上げたポーズといい(実際にはタクシーを拾おうとしているだけだが)、ヒトラーそっくりである。ニュー・フロンティアズマンはファシスト御用達ということか。
PANEL5
冷凍食品の空き箱の山から、モーロックのわびしい生活が推察される。コップのティーバッグから、モーロックは紅茶を淹れているのだとわかる。
<PAGE61-63>
部屋が明るくなったり暗くなったりするのは、窓の外に酒場"ラム・ランナー"のネオンがあるため。
なお、ラム・ランナーとは、酒の密輸業者の俗称であり、16世紀のカリブ海で海賊たちが、関税の高い植民地にラム酒を密輸して大儲けした故事に由来する。
<P64>
PANEL4
レアトラル:実在の制癌剤で、1970年代に流行したが、シアン化合物が含まれているとして、80年ごろにはブームは沈静化した。2000年代に入って、インターネットで販売されるようになり、再び問題になっている。
<P65>
PANEL1
エノラ・ゲイとリトル・ボーイズ:エノラ・ゲイは、広島に原爆を投下したB29爆撃機の愛称。リトル・ボーイは、投下されたガンバレル方式原爆の愛称である。
PANEL2
42番街:タイムズスクウェアに通じるニューヨークの繁華街。90年代に浄化されるまで、いかがわしい店が立ち並ぶ危険地帯として悪名を響かせていた。泣く子も黙るロールシャッハに声をかけるとは、この娼婦は彼の顔が見えていないのか。
PANEL4
今じゃもう作ってない:作品世界では製造中止になったようだが、現実では、1985年当時も製造されていた。今では缶のみの製造だとも考えられるが、牛乳は瓶のままである(PAGE60 PANEL7参照)。
まるで相手にしないロールシャッハに中指を立てているが、この侮辱的なポーズも、かつてのDCコミックスでは絶対に描写されることはなかった。
PANEL5
ヘアピン一本で墓地の鍵を開けている。
<P66>
PANEL1
ブレイクの墓の盛り土だけが周囲と比べて新しい。
<P68>
PANEL7
冒頭に登場した女神の像が、ロールシャッハに別れの手を振っているようにも見える。
PANEL8
章末の言葉は、エルビス・コステロのアルバム『グッバイ・クルエル・ワールド』(1984)収録の「ザ・コメディアンズ」より。
TEXT BY 石川裕人