ちなみにこのエピソードは、ストーリー的には全く進展しておらず、ひたすらDR.マンハッタンのオリジン(誕生秘話)に焦点を当てた内容となっているが、これは『ウォッチメン』が本来、6話構成のミニシリーズとして考えられていたためであり、12話構成となった時点で、各キャラクターのオリジンを挟み込むことにしたのだという。
そういった観点で全体を見直してみると、2話がコメディアン、4話がDR.マンハッタン、6話がロールシャッハ、7話がナイトオウル、9話がシルク・スペクター、11話がオジマンディアスのオリジンと捉えることができる。ナイトオウルのオリジンだけが具体的描写に欠けているが、スーパーヒーローの典型的なオリジンになりそうなので、敢えて省いたのだろうか。
<P109>
PANEL6
パリセーズ遊園地:マンハッタンからジョージ・ワシントン・ブリッジを渡ったニュージャージー州バーゲン郡フォートリーの街に、かつて実在した遊園地。1895年の開園以来、ニューヨーク近郊の遊園地として人気を誇ったが、交通渋滞などに悩む近隣住民の反対により、1971年に閉鎖され、跡地は高層マンション群に生まれ変わった。
<P110>
PANEL1
2億2700万㎞:太陽系の惑星は楕円軌道を描いているため、太陽からの位置はその時々で変化する。火星の場合、最短で20660万km、最長で24920万km、平均で22790万kmとなっているので、DR.マンハッタンが降り立った時点では、ほぼ中間の位置にあったことになる。
10分:光速を毎秒30万㎞とすると、2億2700万㎞を移動するには12分36秒程かかることになる。
冥王星:冥王星から太陽までの距離は、最短で44億4220万km、最長で73億8810万km、平均で59億1520万kmとなっている。冥王星に太陽の光が届くには、最短でも4時間6分43秒程かかることになるが…。
PANEL3
ハレー彗星:約76年周期で地球に接近する短周期彗星。1985年近辺では、1986年2月9日に地球に最接近している。
PANEL4
ブルックリン:マンハッタンからイースト川を挟んで南対岸に位置する、ニューヨーク市の5つの行政区の一つ。移民の多い独自の文化、風土を持った街として知られる。
<P111>
PANEL6
アインシュタイン:アルバート・アインシュタイン(1879〜1955)。ドイツ出身の理論物理学者。相対性理論の提唱者で、物体の移動速度により、その個有の時間が変化すると説いた。ユダヤ系ドイツ人である彼は、1933年、ヒトラーが政権を取ると同時に渡米を決意。プリンストン高等学術研究所の教授に就任した。
1939年、ナチスドイツの核保有を懸念した亡命ユダヤ人物理学者らは、核の兵器利用を示唆した書簡を時の大統領ルーズベルトに提出。この書簡を機に、原子爆弾開発計画「マンハッタン計画」が始動する。アインシュタインは書簡に署名しただけであり、マンハッタン計画とは無縁だったが、戦後は核兵器廃絶と戦争廃止を訴え続けた。
1955年に死去したが、作品世界では、少なくとも1959年までは存命だった模様である。
時間の相対性:アインシュタインが1905年に唱えた特殊相対性理論、並びに1915年に唱えた一般相対性理論を指すものと思われる。アインシュタインが唱えた時間の相対性とは、光速や非常に強い重力下など、我々の日常で実感できるものではないが、時間は全宇宙において不変であるという従来のニュートン力学が覆された事実は、時計職人であるオスターマンの父にとって納得しがたい出来事だったのだろう。
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プリンストン大学:1746年に、ニュージャージー州プリンストンに創設された名門私立大学。物理・数学の分野で特に目覚しい実績を上げている。ちなみに『X-メン』などで人気のコミックアーティスト、ジム・リーの母校でもある(心理学専攻)。
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PANEL1
グラス博士:フルネームはミルトン・グラス。ポケットに入っているのは、電卓のない時代に活躍した計算用具である計算尺。
PANEL2
プリンストンに〜:アインシュタインは1955年に没するまでプリンストンで過ごしたが、劇中では59年の今も健在で、別の場所に移っているらしい。
PANEL3
奥さんと折り合いが〜:アインシュタインは1903年に1度目の結婚をしたが、やがて従妹と不倫関係に陥り、19年に離婚してすぐに彼女と再婚している。しかし、彼女は渡米後の36年に癌で死去し、以後、アインシュタインは独身を通している。
劇中では、いずれかの時点で再婚した模様だが、あまりうまく行っていないらしい。
PANEL4
イントリンジック・フィールド:直訳すると"物質固有の場"。造語と思われる。
<P114>
PANEL5
太った男:すなわち"ファットマン"は、長崎に投下された原爆の愛称である。また、直前のコマの泣いている少年、すなわち"リトルボーイ"は、広島に投下された原爆の愛称であり、原爆の開発・投下が、DR.マンハッタン誕生のきっかけとなったことを暗示している。
<P115>
PANEL1
スレーターが穿いているのは、シームのある古いタイプのストッキング。シームレスタイプは、1959年時点で既に発売されていた。
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PANEL6
DR.マンハッタンのあまりに異様な姿に、兵士が這いつくばって嘔吐している。
<P119>
PANEL1
アンドロメダ:地球から約230万光年の距離に位置する渦巻銀河。
エルンスト・ハルトヴィッヒ:(1851〜1923) ドイツの天文学者で、1885年にアンドロメダ銀河内の超新星を発見した。
超新星:重い恒星がその一生の最期に起こす大爆発のことで、従来知られていた新星よりも明るい"超"新星としてこの名が付けられたが、実際には星の最期の姿である。一つの銀河内で数十年に一度、発生する現象とされているが、実際の観測例は極めて少なく、『ウォッチメン』刊行時点では、1885年のハルトヴィッヒの観測例だけだった。しかし奇遇なことに、シリーズ刊行中の1987年2月、大マゼラン雲で新たな超新星が発見され、現代の天文学を大きく飛躍させた。
PANEL2
三葉虫が生息していたのは、古生代のカンブリア紀から二畳期。約5億4500万年前から2億5000万年前の時期である。
金:初期の宇宙に存在した元素はほとんどが水素とヘリウムで、それらより重い炭素、窒素、酸素、鉄などは、恒星内の核融合反応によって生成され、超新星爆発によって宇宙に拡がった。金など、鉄よりも重い元素は、超新星爆発の際に生成されたと考えられている。
<P120>
PANEL6
DR.マンハッタンがシンボルに選んだのは水素原子。最も簡素な原子で、一つの陽子と一つの電子から成る。
PANEL7
政府が用意したヘルメットに描かれたアトミック・シンボルは、原子力をパワーソースとするスーパーヒーローが必ずと言ってよいほど、身に付けていたものである。
DR.マンハッタンの名前は、第二次大戦中に、極秘裏に原爆を開発した「マンハッタン計画」にちなんだ物である。
<P121>
PANEL1
ニュースを読み上げるアナウンサーは、スーパーマンの正体であるクラーク・ケントを思わせる。ちなみにクラーク・ケントは、70年代のコミックスで実際にアナウンサーを務めていた。
PANEL3
パットン戦車:制式番号はM-48。1959年当時のアメリカ陸軍の主力戦車で、第2次世界大戦の名将ジョージ・S・パットン将軍の名を冠している。ちなみに前面装甲は120mm。
クレムリン:クレムリン宮殿に居を構えるソ連政府を指す。
PANEL4
当時、アメリカとソ連は国家の威信を賭け、総力を挙げて軍事、宇宙開発競争に取り込んでいた。ちなみにソ連が人類初の人工衛星スプートニクを打ち上げ、大陸間弾道弾を完成させたのが1957年。翌1958年にはアメリカも続いている。
TEXT BY 石川裕人