3.08.2009

「ウォッチメン」原作コミック解説(2) CHAPTER 1 [P14~P38]

<P14>
PANEL1

コメディアンが使用していた銃は、イングラムM11短機関銃。非常に小型で速射性に優れており、命中率は低いものの弾幕を張るのに適している。ナイフは米軍の制式銃剣で、ベトナム戦争当時のものと思われる。また、両腰のホルスターには、同じく米軍の制式拳銃であるM1911コルト・ガバメントが挿さっている。

PANEL2
ロールシャッハのマスクのパターンは常に変化しているように見えるが、いくつか共通パターンがある。これは彼が心底驚いた時に現れるパターンで、P166P196でも同じパターンが現れている。

<P15>
PANEL1

スクリーミング・スカル:初代ナイトオウルの旧敵で、骸骨のマスクを被った犯罪者(P271 PANEL5参照)。チャールトンコミックスのマイナー悪役”ラフィング・スカル"がモデルか。

初代ナイトオウルのデザインは、モデルとされる初代ブルービートルよりも、新聞マンガの代表的ヒーロー、ザ・ファントムを彷彿とさせる。
ザ・ファントムは、スーパーマンよりも早い世界初のコスチュームヒーローで(1936年登場、スーパーマンは1938年)、狼のデビルと白馬のヒーローとともに今なお悪と戦い続けている。初代ナイトオウルの愛犬に"ファントム"の名を冠したのは、ムーアなりの敬意の表し方なのかもしれない(ちなみに、初代ブルービートルには犬の相棒はいなかったが、ガールフレンドの新聞記者ジョーン・メイソンの名は、初代ナイトオウルの本名ホリス・メイソンに受け継がれている)。
ザ・ファントム


PANEL4
『仮面の下で』:初代ナイトオウルが、引退後の1962年に発表した自伝。

『闘士』:フィリップ・ワイリー(1902~1971)が1930年に発表したSF小説。第一次世界大戦を背景に、スーパーパワーを持った主人公ヒューゴ・ダナーの活躍と悲劇を描き、スーパーマンの創造に大きな影響を与えた。1977年にハヤカワ書房より邦訳が出版されている。

机の上の立像は、初代ナイトオウルの引退を記念して贈られた記念品。

奥の暖炉の上に置かれたランタンは、アーティストのデイブ・ギボンズの代表作の『グリーンランタン』にちなんだものか(ギボンズが手掛けたのは2代目のグリーンランタンだったが、初代ナイトオウルの持ち物であることを意識してか、同じく40年代に活躍した初代グリーンランタンのデザインに似せてある)。

初代グリーンランタン


PANEL7
キャプテン・アクシス:第二次世界大戦中、ナチスの手先として暗躍した犯罪者。胸に大きな鉤十字をつけたその姿は、大戦中に実際にコミックスに登場した、キャプテン・マーベルの敵役キャプテン・ナチを彷彿とさせる(P271 PANEL7参照)。

階段の壁や、修理工場のシャッターに落書きされた"ペイル・ホース"とは、作品世界で最も人気のあるロックバンドの名前である。髪の毛を登頂部で結わえた、ボーカルのレッド・デスのチョンマゲ・スタイルは、若者の間で広く流行している。
なお、ペイル・ホースとは"蒼ざめた馬"の意味で、黙示録の四騎士の一人、デス(死)の駆る馬に由来する。

誰が見張りを見張るのか?:70年代後半のヒーロー排斥運動において、自然発生的に広まったスローガン。ヒーローの自警行為の正当性を問うている。ちなみに"見張り=ウォッチメン"とは、彼らヒーローを総称した言い方であり(かなり蔑視的な)、実際にウォッチメンという名のグループが存在したわけではない。

PANEL8
旧型モデルとは、ガソリンで走る車のこと。1985年の作品世界においては、DR.マンハッタンが開発した電気自動車が主流であり、ガソリンエンジンの車は、ごく一部の好事家だけのものとなっているようである。以上の社会情勢と、シャッターに70年代後半のヒーロー排斥運動当時の落書きが残されたままになっていることからも、ホリス・メイソンの自動車修理工場は開店休業の状態にあり、ペンキを塗り直す余裕すらないものと思われる。

<P16>
PANEL1

アフガニスタン問題:現実では、1978年にアフガニスタンに発足した共産主義政権を援助するとして、翌79年にソ連が侵攻を開始。反政府イスラム勢力との間に10年に及ぶ泥沼の戦闘を繰り広げたあげく、89年に完全撤退する結果となった。その際、アメリカはイスラムゲリラを後押ししたが、後に彼らは1991年の湾岸戦争などを通して反米に転じ、今度はアメリカと対峙することとなった。
ソ連の思惑は、中東で高まるイスラム原理主義革命の機運を自国内に飛び火する前に押し止めることにあったが、作品世界においては、DR.マンハッタンの威を借りたアメリカの干渉により、1985年においても、侵攻を決意できずにいる模様である。

手前のカップルは、ストリートギャングのリーダー、ダーフとその恋人(P257参照)。二人が聞いているのは、デトロイト出身のパンクシンガー、イギー・ポップのアルバム『ラスト・フォー・ライフ』(1977)に収録された「ネイバーフッド・スレット」。

画面奥のショールームでは、ビュイックの最新86年型が展示されている。

ドライバーグの前の円柱形の物体は、電気自動車の公衆充電器。

PANEL2
画面上の電気バスに注目(ニューヨークのバスは24時間営業)。角にある"宝島"はコミック専門店。ヴェイト社の香水ノスタルジアの大きな看板が掲げられている。このまま少し歩いたところにドライバーグのアパートがある。

PANEL3
アパートの案内図によれば、7階のうち1階から4階までがダン・ドライバーグの居室となっている。アパート全体が彼の持ち物なのだろう。

PANEL7
作品世界では、カレンダーが月曜日から始まっている。

PANEL8
ロールシャッハが食べているベイクド・ビーンズの缶詰は、ケチャップで有名なハインツ社のもの。58の数字が見えるが、実際のハインツの缶に書かれている数字は"57種類の商品"を示す57。実のところ商品数は57種類を大きく超えているが、創業者のこだわりでずっと"57"という数字が使われている。

ドアの上にデジタル時計に注目。0時28分ということは、メイソンの家から30分以上も歩いて帰宅したことになる。

PANEL9
スプーンの持ち手から、ロールシャッハが左利きであることがわかる。P10のコバックスも右手に腕時計をはめており(PANEL7参照)、左利きであることが示唆されている。

<P17>
PANEL6
ロールシャッハがポケットに入れた砂糖は、スウィート・チャリオット社のもの。なお、同社は作品用に創造された架空の会社である。

<P18>
PANEL4
共産主義政府転覆:冷戦時代、実際にアメリカは各地の共産国転覆を図っており、1973年には、南米チリの社会主義政権を打倒するため、CIAに手引きさせ軍事クーデターを引き起こしている。

<P20>
PANEL4

窓のポスター"84年もディックといっしょ"は、1984年の大統領選挙の時のもの。

PANEL5
議会、核ミサイルの月面配備を承認:作品世界においては、月面の開発が着々と進んでいる模様である。
なお現実では、1967年の宇宙条約により、核兵器の宇宙配備は禁止されている。

店の壁には"べト・ブロンクス"の落書きがある。ブロンクスがかつてのベトナムに等しい危険地帯であるとの意味か?

PANEL6
画面中央のチョンマゲの男の胸ポケットの煙草に注目。従来の煙草もなくなったわけではないらしい。

<P21>
PANEL9

逃げ出した男はヴェイト社製のシャツを着ている。衣類にもヴェイト社が参入している模様。

<P23>
PANEL1

ロゴが目立つヴェイト社のビル。ヴェイト社のロゴは街の随所で見かけることができ、同社の繁栄ぶりが伺える。時計が真夜中前を指しているが、ヴェイトはまだ執務中だった模様。ビルの右下にジオデシック・ドームが見えているが、位置関係などからP12のものとは別のものと思われる。奥に見えているのは、実際のニューヨークのランドマークであるクライスラー・ビルディング。

PANEL2
ヴェイトの社長室はビルの最上階にある(フキダシでも明白だが、1コマ目と2コマ目の窓の形に注目)。開いた窓にロールシャッハのフックがかかっているが、外は雨である。ということは、ヴェイトは雨なのに窓を開けていたのか、あるいは、ロールシャッハのためにわざわざ窓を開けてやったのか……。

PANEL5
ヴェイトはナチを蔑視しているが、金髪、碧眼、長身という彼の姿は、ナチが理想とするアーリア人そのものである。

PANEL6
オジマンディアス、南インド飢餓救済公演:このヴェイトの公演は1985年7月に催されたものだが(P224 PANEL2参照)、インドの飢餓自体は1960年代初頭から続いている。DR.マンハッタンの新技術は農業の分野にも及んでいるはずだが、このことから、アメリカは新技術の海外普及には消極的だと思われる。

<P24>
PANEL1

キーン条例:キーン上院議員の提案により、1977年に制定された条例。国家権力以外の、自警行為を違法行為と定めた。この条例の施行により、ほとんどのヒーローが引退に追い込まれた。

PANEL4
ジュネーブ会議:多国間の軍縮問題を検討する国際機関。合衆国、ソ連を始め、40ヶ国が参加している。

ニューヨーク・ガゼットは、実在の新聞であるが、実際には、ガゼットの名は、ニューヨーク・タイムズが1945年から1966年にかけて使用していた名称であり、1967年以降は、再びタイムスに戻している。作品世界においては、1967年以降も、ガゼットを使用している模様である。
机の上の人形は、ヴェイトが自らの会社で販売している自分のアクションフィギュア。ロールシャッハがいじったフィギュアは奇妙にねじくれており、ヴェイトの後の行いを暗示しているようでもある。

キーボードの形状が現実のものと大きく異なっている。

<P25>
PANEL1

午後8時30分:ヴェイトのビルの時計は真夜中あたりを指していた。P451のムーアの言によれば、時計はとにかく11時54分にしたかったとのことだが……。

ロックフェラー軍事研究所:作品用に創造された架空の研究所。ロックフェラーとは、アメリカ有数の財閥ロックフェラー財団のことと思われる。スーパーマンのシンボルを思わせる紋章に注目。

<P26>
PANEL1

DR.マンハッタンが尻を露出しているが、コミックスコードでは、男性の尻であろうと規制の対象だった。厳密には、尻の割れ目がどこまで見えているかが審査の基準となっていたので、真横から描くなり、影でツブすなりすればOKではあったが、ここまではっきりと描かれたのは恐らく初めてだろう。

<P27>
PANEL1

土曜の朝に聞いた:土曜とは、コメディアンが転落死した10月12日のこと、その日の朝の時点では、警察の捜査が始まったばかりであった。政府の迅速な行動が伺える。

リビア:元はイタリアの植民地で、第二次大戦後は王国として独立したものの、1969年27歳の青年将校カダフィ大尉がクーデターを起こし、イスラム社会主義という独自の国家体制を樹立した。反イスラエルの立場から欧米とは激しく対立しており、70年代から80年代にかけて幾多のテロを支援したとされている。劇中でも、反米の姿勢は同様の模様。

PANEL7
超対称性理論:量子力学粒子の対称性を取り入れた理論。既存の素粒子の対称性粒子の存在を予言しているが、今なお未発見のままである。

グルイーノ因子:超対称性理論によって存在が予想されている素粒子の一つで、既存のボース粒子グルーオンに対応する存在であるとされる。

P30
PANEL1

マディソン・スクエア・ガーデン:1968年に完成したニューヨークを代表するスポーツの殿堂。

クリスタルナハト:ペイル・ホースと共にマディソン・スクエア・ガーデンに出演するバンドの名称。なお、クリスタルナハトとは、ドイツ語で“水晶の夜”の意味で、1938年11月9日の夜に、ナチス党員がドイツ全土のユダヤ人商店、住宅、宗教施設を襲撃した事件に由来する(襲撃で割れた窓ガラスを水晶に例えた)。

PANEL2
売春が行われている模様。

PANEL7
もう4年、行ってみよう!:合衆国大統領の任期は、憲法修正第22条により2期8年と定められているが、作品世界のニクソン大統領は法改正を行い、1968年より実に4期17年も大統領の座にある。現実では、第32代大統領のフランクリン・ルーズベルトが、1933年から4期12年務めた例があるが、当時は2期までというのが慣例となっており、ルーズベルトのケースは有事・戦時下における特例処置と言える。大統領の任期の上限を定めた憲法修正第22条が成立したのは1951年のことで、時の大統領トルーマンには適用されないとされたが、人気の低迷から3期目の出馬を取りやめた経緯がある。なお、このポスターは、1984年の選挙の際のものだと思われるが、両手でVサインを作るのは、彼のお得意のポーズである。辞任してホワイトハウスを去る際も、迎えのヘリコプターに乗り込む直前に高々と掲げてみせた。

ニクソンのポスターの前を横切るロールシャッハ(映画版より)


ニクソン:リチャード・ニクソン(1913~1994)。第37代合衆国大統領。共和党。早くから敏腕で鳴らし、1953年には、40歳の若さでアイゼンハワー政権の副大統領に選ばれた。1960年の選挙で大統領の座を狙うが、若き民主党候補ケネディに敗れる。以後、しばし政治の場から離れるが、1968年の大統領選挙に「法と秩序の回復」を掲げて出馬し当選。奇跡の返り咲きを果たす。
対外的には、ベトナム戦争の早期解決を目指し、北ベトナムとパリ和平協定を締結。また、合衆国大統領としては初めて訪中を果たすなど、東西の緊張緩和、デタントを推進した。国内に向けては、不況の打破と治安回復を政策の柱としたが、保守的な姿勢が災いし、広い支持を集めることはできなかった。1972年、ベトナム戦争が激化する中で再選を果たすが、選挙期間中に発覚した民主党本部盗聴事件、いわゆるウォーターゲート事件への関与を指摘され、1974年、任期半ばにして辞任を表明。合衆国史上、初めて自ら辞任した大統領となった。
辞任というイメージの悪さから、長く過小評価されてきたが、現在では、ベトナム撤兵やデタントなど、外交面での実績が高く評価されるようになっている。

<P31>
PANEL2

スパゲティ・アフリカン:詳細は不明。結構な値段がするらしいが、どんな高級スパゲティなのか?

PANEL4
画面中央の二人の男性の様子から、作品世界においては同性愛は公に認められているものと思われる。また、ウェイターが持っているチキンには足が4本あり、遺伝子操作が一般的な技術となっていることを伺わせる。KT風の衣装の女性もいるが、あくまでファッションであって、富裕層の人間であることは間違いない。

PANEL5
画面左上にジオデシック・ドームが見えるが、先に登場した二つとはやはり別もののようだ。奥はエンパイヤステート・ビルディング。

PAGE32
全体がP7と逆の構成になっている。

PANEL8
章末の言葉は、ボブ・ディランのアルバム『追憶のハイウェイ61』(1965)収録の「廃墟の街」より。

TEXT BY 石川裕人