時々滞ることもございますが、最後まで続けていきますのでどうぞおつきあいください。
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ロールシャッハのオリジンを描いた本章では、この扉絵のように左右対称に拘った構図、描写が頻出する。
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PANEL4
ロールシャッハ・テスト:スイス出身の精神科医ヘルマン・ロールシャッハ(1884〜1922)が1921年に考案した投影法型心理テスト。左右対称のインクの染みを図案化した10枚のカードを1枚ずつ被験者に見せ、それが何に見えるか、口頭で答えさせ、被験者の性格を診断する。80年以上の長い実績に裏打ちされたデータの蓄積は高く評価されており、今なお、最も使用頻度の高いテスト法とされる。なお、劇中に登場するカードの図柄は本作のオリジナルで、実際に使用されるカードにはカラーのものも含まれている。
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PANEL3
身長167cm:80年代当時のアメリカ人の平均身長は175〜177cmとされるので、ロールシャッハは小柄な部類に入る。上げ底の靴を履いていたというが、もちろん見栄ではなく、正体を隠し、相手を威圧するためだと思われる。なお、64kgという体重は身長に対してほんの少し多めだが、贅肉の欠片も見えないので、体重超過分はほぼ筋肉なのだろう。
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PANEL2
抱き合う二人の姿は、後の「ヒロシマの恋人たち」に重なる。このモチーフは、この後も頻繁に登場する。
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PANEL1
5ドル:インフレ率などを考慮すると、1951年当時の1ドルは、2009年現在の約8ドルに相当するという。そうやって換算すると、コバックスの母は約40ドルを手に入れた事になる。仕事ヌキで40ドルなら悪くない気もするが、あの客はもう来ないだろう事を考えると、息子を責めたくなる気持ちもわからないではない。
PANEL8
前ページの2コマ目とほぼ同じ構図だが、描かれる内容は…。
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PANEL7
尻のポケットにパチンコを差したいじめっ子が店先から果物を失敬している。一見、卵のようにも見えるが、木箱に山積みにされている点や、割れ方、中身の色から、何かの果物だと思われる。
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PANEL1
コバックス少年の顔に広がる果物の汁は、ロールシャッハ・テストを思わせる。このモチーフも頻出する。
PANEL2
親父が軍に〜:入隊の際の性病検査は、洋の東西を問わず、軍隊の常識だった。
リッチーと呼ばれたいじめっ子は、ニューヨーク・ヤンキースのTシャツを着ている。1951年当時のニューヨークには、ヤンキースの他に、ブルックリン・ドジャーズ(後にロサンゼルスへ移転)、ニューヨーク・ジャイアンツ(後にサンフランシスコに移転)と、三つの球団がひしめいており、その中でヤンキースのシャツを着ているということは、彼らはヤンキースの本拠地であるブロンクス地区の住人である可能性が高い。ブロンクスは移民の多い街として知られており、60年代以降、アフリカ系、ヒスパニック系住人が増える以前は、アイルランド、イタリア、ユダヤ系が大半を占めていたという。
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PANEL5
ロング夫妻の影は「ヒロシマの恋人たち」そのもの。
PANEL8
シンシン刑務所:ニューヨーク州北部のオシニングに位置する実在の刑務所。最高度の警備レベルで知られる。
卓上のコーヒーカップに、DAD(パパ)の文字が見えるが、夫妻には子供はいないようだ。
PANEL9
万年筆から漏れたインクがロールシャッハ模様を描いている。
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PANEL1
“素人"時代のコバックスは、実に表情豊か。
PANEL2
62年:DR.マンハッタンの誕生は59年11月なので、約2年後。モーロックら犯罪者と戦っていた時期だが、このような、直接、産業には結びつかない研究も行っていた模様。
PANEL5
ロングが愛用している鎮痛剤ゴーペインは、ヴェイト社の製品。
PANEL6
キティ・ジェノヴィーズ:この殺害事件は、実際に起きた事件である。
1964年3月13日、スポーツバーのマネージャーだった当時28歳のキティ・ジェノヴィーズは、深夜、マンションに帰宅したところを機械オペレーターのウィンストン・モーズリーに襲われた。入口から約30メートルの地点でキティをナイフで刺したモーズリーは、彼女の悲鳴を聞きつけた住人が声をかけたため、一旦は逃走。大きな帽子で顔を隠したモーズリーは約10分後に現場に再び現われ、倒れていたキティを再び刺し、強姦した上、現金を盗んで30分後に逃走。事態に気づいた住人が警察を呼んだものの、彼女は搬送中に死亡した。後に盗みを働き逮捕されたモーズリーは、キティ殺害以外にも2件の強姦殺人を自供。終身刑を宣告され、現在も服役中である。
事件発生から2週間後、地元紙ニューヨーク・タイムスが、38人の住人が事件を目撃しながら通報しなかったと告発したことから、事件は一気に社会問題化し、他人に冷淡な都会生活者への非難が続出。「巻き込まれたくない」「誰かが何とかするだろう」という群集心理を指して「バイスタンダード・エフェクト(冷淡な傍観者)」という言葉が使われるようになった。
実際には、まだ寒い時期で誰も窓を開けていなかったこと、酔っぱらいか痴話喧嘩と思った人間がほとんどだったこと、二度目の襲撃までの間にキティが移動していたため事件の全てを目撃した人間はいなかったこと、最初の襲撃で肺を刺された彼女にはそれ以上悲鳴が上げられなかったことなど、住人の無関心を一方的に責めるべき状況ではなかったというが、この事件をきっかけに、警察を含めた都市生活のあり方の見直しと社会心理学の重要性が叫ばれるようになったのは事実である。
なお、当時のコミックスで、このような個人の殺人事件を取り上げることは極めて異例であり、ある意味、これもタブーへの挑戦と言えるかもしれない。
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PANEL4
垂れたコーヒーの雫がロールシャッハ模様を描いている。
PANEL5
時計はやはり11時54分。ロングに破滅が忍び寄っていることの暗示か。