6.29.2009

「ウォッチメン」原作コミック解説(19) CHAPTER 6 [P205〜P207]

<P205>
PANEL3
新聞には、サイレンが鳴ったら直ちに手近なシェルターに避難せよと書かれている。50年代の対処法とまるで変わっていない。

PANEL9
章末の言葉は、ドイツの哲学者フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(1844〜1900)が1886年に著した『善悪の彼岸』よりの一節。キリスト教的価値観に基づく伝統的な善悪の概念を非難した。他者に依ることのない確たる自我の持ち主である新しい人類、「超人」の提唱者でもある。

<P205>
ショー巡査:P168 PANEL4参照。

グリーブス巡査:P169 PANEL4参照。

ハーベイ・チャールズ・ファーニス:P131 PANEL6参照。

懐中電灯:P12 PANEL2参照。

角砂糖の包み:P17 PANEL6参照。

枯れた赤い薔薇:P68 PANEL6参照。

鉛筆1本、手帳1冊:P20 PANEL1参照。

男性用香水ノスタルジア:P98 PANEL8参照。

黒胡椒:P167 ANEL3参照。ただし2瓶とあるので、モーロックの家で入手する以前から、1瓶持っていたものと思われる。

<P206>
リリアン・チャールトン問題児収容所:架空の施設と思われる。『ウォッチメン』のキャラクターの基になった一連のコミックスの出版元であるチャールトンコミックスに由来するものか。

<P207>
70年代中頃まで勤務:75年のブレア・ロッシュ誘拐事件を機に、”真"のロールシャッハとして目覚めた彼は、俗社会との交わりを絶ったと推察される。

<P208>
筆記の日付が1963年となっているが、コバックスが13歳の時に書いたものであるとすると、1953年のはず。

6.23.2009

「ウォッチメン」原作コミック解説(18) CHAPTER 6 [P190〜P203]

<P190>
PANEL1

昨日の続き〜:この日は10月27日。この日は日曜であるにもかかわらず、ロングはロールシャッハに面接している。彼のロールシャッハに対するのめり込みぶりがわかる。

PANEL4
奥の壁に貼ってあるポスターは、ビートルズのものか? ビートルズは1964年2月にニューヨークで公演を行っている。

PANEL5
悪党たちが縛りつけられているのは、おなじみの公衆充電器。恐らく1964年の出来事かと思われるが、62年5月の時点で電気自動車はあくまでも構想段階だったので(P123参照)、わずか1年ほどで急速に普及したものと思われる。

PANEL8
ナイトオウルの引き締まった腹に注目。

<P191>
PANEL1

ロールシャッハとロングの間には、二人の断絶を象徴するかのような鉄格子の影が落ちていたが、このコマを最後にその影はなくなる。このページのロールシャッハのコマだけを見ると、彼がこちらに(ロングに)近づいてきているようにも見える。

PANEL4
P51 PANEL4を別角度から描いている。事態の深刻さにおののく男性陣に比べ、ローリーとスレイターはDR.マンハッタンしか目に入っていない。本作における女性像が顕著に表れたシーンと言えよう。

PANEL6
新聞の見出しなどから、このシーンは1977年8月の出来事だと思われる。

<P192>
PANEL6

ロングが空になった鎮痛剤のビンをゴミ箱に捨てている。

PANEL7
時計はやはり11時54分。

<P193>
PANEL1

ロッシュ化学: 1896年にスイスで設立された実在の大手製薬会社。日本ではロシュとして知られる。世界的な販売網を誇り、アメリカではニュージャージーなど、6ヶ所に拠点を持つ。

PANEL8
時計はやはり11時54分を指している。

<P194>
PANEL1

P58 PANEL3でコメディアンが触れていた事件。彼は3年前の事件と記憶していたが、実際には2年前である。

PANEL5
忌まわしい光景を覗き見るロールシャッハの姿は、幼少期の自身の姿に重なる(P179 PANEL6参照)。

<P198>
PANEL1

フレッド、バーニィ:1960年に放映が開始された人気アニメ『恐妻天国/原始家族/フリントストーン』の主人公、フレッド・フリントストーンと彼の親友のバーニィ・ラブルにちなんだ名前だと思われる。無邪気な由来が余計に不気味。

PANEL9
ちょっとわかりにくいが、このグライスの姿は窓ガラスに映った影。

<P199>
PANEL1

中庭から室内に向けて犬を放り込んでいる。

PANEL5
今度は表の入口から中に向けて放り込んでいる。20kg以上ありそうなシェパードを抱えて中庭から表通りに瞬時に移動するとは、ただ者ではない。

<P200>
PANEL4

胸に広がる返り血と、外れたショルダーストラップ、胸のボタンは、”真"のロールシャッハの象徴でもあるが、返り血と肩のストラップが描く角度は、11時54分を指した終末時計に通じるものがある。

<P203>
PANEL1

ロレックス:実在の高級腕時計。この屋台で売られているのは間違いなく偽物だろう。
画面左奥のタクシーの運転手はジョーイ。

PANEL3
メルトダウンの包みを捨てたバーニィ少年が立ち去ろうとしている。

PANEL4
真逆のシルエットになってしまった。

PANEL9
画面奥を飛ぶ飛行船の位置で、微妙な間を表現している。

6.21.2009

「ウォッチメン」原作コミック解説(17) CHAPTER 6 [P176〜P189]

またまた大変お待たせしております。投稿再開します!
時々滞ることもございますが、最後まで続けていきますのでどうぞおつきあいください。

<P176>
ロールシャッハのオリジンを描いた本章では、この扉絵のように左右対称に拘った構図、描写が頻出する。

<P177>
PANEL4
ロールシャッハ・テスト:スイス出身の精神科医ヘルマン・ロールシャッハ(1884〜1922)が1921年に考案した投影法型心理テスト。左右対称のインクの染みを図案化した10枚のカードを1枚ずつ被験者に見せ、それが何に見えるか、口頭で答えさせ、被験者の性格を診断する。80年以上の長い実績に裏打ちされたデータの蓄積は高く評価されており、今なお、最も使用頻度の高いテスト法とされる。なお、劇中に登場するカードの図柄は本作のオリジナルで、実際に使用されるカードにはカラーのものも含まれている。
さまざまなロールシャッハ・カード


<P178>
PANEL3
身長167cm:80年代当時のアメリカ人の平均身長は175〜177cmとされるので、ロールシャッハは小柄な部類に入る。上げ底の靴を履いていたというが、もちろん見栄ではなく、正体を隠し、相手を威圧するためだと思われる。なお、64kgという体重は身長に対してほんの少し多めだが、贅肉の欠片も見えないので、体重超過分はほぼ筋肉なのだろう。

<P179>
PANEL2
抱き合う二人の姿は、後の「ヒロシマの恋人たち」に重なる。このモチーフは、この後も頻繁に登場する。

<P180>
PANEL1
5ドル:インフレ率などを考慮すると、1951年当時の1ドルは、2009年現在の約8ドルに相当するという。そうやって換算すると、コバックスの母は約40ドルを手に入れた事になる。仕事ヌキで40ドルなら悪くない気もするが、あの客はもう来ないだろう事を考えると、息子を責めたくなる気持ちもわからないではない。

PANEL8
前ページの2コマ目とほぼ同じ構図だが、描かれる内容は…。

<P182>
PANEL7
尻のポケットにパチンコを差したいじめっ子が店先から果物を失敬している。一見、卵のようにも見えるが、木箱に山積みにされている点や、割れ方、中身の色から、何かの果物だと思われる。

<P183>
PANEL1
コバックス少年の顔に広がる果物の汁は、ロールシャッハ・テストを思わせる。このモチーフも頻出する。

PANEL2
親父が軍に〜:入隊の際の性病検査は、洋の東西を問わず、軍隊の常識だった。

リッチーと呼ばれたいじめっ子は、ニューヨーク・ヤンキースのTシャツを着ている。1951年当時のニューヨークには、ヤンキースの他に、ブルックリン・ドジャーズ(後にロサンゼルスへ移転)、ニューヨーク・ジャイアンツ(後にサンフランシスコに移転)と、三つの球団がひしめいており、その中でヤンキースのシャツを着ているということは、彼らはヤンキースの本拠地であるブロンクス地区の住人である可能性が高い。ブロンクスは移民の多い街として知られており、60年代以降、アフリカ系、ヒスパニック系住人が増える以前は、アイルランド、イタリア、ユダヤ系が大半を占めていたという。

<P184>
PANEL5
ロング夫妻の影は「ヒロシマの恋人たち」そのもの。

PANEL8
シンシン刑務所:ニューヨーク州北部のオシニングに位置する実在の刑務所。最高度の警備レベルで知られる。

卓上のコーヒーカップに、DAD(パパ)の文字が見えるが、夫妻には子供はいないようだ。

PANEL9
万年筆から漏れたインクがロールシャッハ模様を描いている。

<P164>
PANEL1
“素人"時代のコバックスは、実に表情豊か。

PANEL2
62年:DR.マンハッタンの誕生は59年11月なので、約2年後。モーロックら犯罪者と戦っていた時期だが、このような、直接、産業には結びつかない研究も行っていた模様。

PANEL5
ロングが愛用している鎮痛剤ゴーペインは、ヴェイト社の製品。

PANEL6
キティ・ジェノヴィーズ:この殺害事件は、実際に起きた事件である。
1964年3月13日、スポーツバーのマネージャーだった当時28歳のキティ・ジェノヴィーズは、深夜、マンションに帰宅したところを機械オペレーターのウィンストン・モーズリーに襲われた。入口から約30メートルの地点でキティをナイフで刺したモーズリーは、彼女の悲鳴を聞きつけた住人が声をかけたため、一旦は逃走。大きな帽子で顔を隠したモーズリーは約10分後に現場に再び現われ、倒れていたキティを再び刺し、強姦した上、現金を盗んで30分後に逃走。事態に気づいた住人が警察を呼んだものの、彼女は搬送中に死亡した。後に盗みを働き逮捕されたモーズリーは、キティ殺害以外にも2件の強姦殺人を自供。終身刑を宣告され、現在も服役中である。
事件発生から2週間後、地元紙ニューヨーク・タイムスが、38人の住人が事件を目撃しながら通報しなかったと告発したことから、事件は一気に社会問題化し、他人に冷淡な都会生活者への非難が続出。「巻き込まれたくない」「誰かが何とかするだろう」という群集心理を指して「バイスタンダード・エフェクト(冷淡な傍観者)」という言葉が使われるようになった。
実際には、まだ寒い時期で誰も窓を開けていなかったこと、酔っぱらいか痴話喧嘩と思った人間がほとんどだったこと、二度目の襲撃までの間にキティが移動していたため事件の全てを目撃した人間はいなかったこと、最初の襲撃で肺を刺された彼女にはそれ以上悲鳴が上げられなかったことなど、住人の無関心を一方的に責めるべき状況ではなかったというが、この事件をきっかけに、警察を含めた都市生活のあり方の見直しと社会心理学の重要性が叫ばれるようになったのは事実である。
なお、当時のコミックスで、このような個人の殺人事件を取り上げることは極めて異例であり、ある意味、これもタブーへの挑戦と言えるかもしれない。

<P189>
PANEL4
垂れたコーヒーの雫がロールシャッハ模様を描いている。

PANEL5
時計はやはり11時54分。ロングに破滅が忍び寄っていることの暗示か。

5.11.2009

「ウォッチメン」原作コミック解説(16) CHAPTER 5 [P171〜P173]

<P171>
反コミックス運動:第二次大戦後、アメリカンコミックスの主流であったヒーローものの人気は低迷し、代わってホラーもの、犯罪ものが台頭してきた。これらの"刺激"が強いコミックスは、主に青年層が対象だったというが(誕生当初、コミックスは子供のための読みものだったが、大戦中、兵士が戦場でコミックスを読み耽ったことから、読者層が広がったとの説がある)、その内容は過激さを増し、一部、評論家や教育関係者から児童への悪影響が問題視されるようになっていった。そして1954年春、上院少年非行小委任会が、少年非行の原因としてコミックスを名指ししたことから、全国的な反コミックス運動が起こり、焚書や発禁措置を引き起こした。
この事態に対しコミック業界は、内容の自主規制で対応したが、作品世界においては、政府が配下のヒーローのイメージを守るため、現実同様に沸き起こったコミックス排斥運動を静めたとされている。
政府の糾弾がコミック業界を危機的状況に追い込んだ史実からするといかにも皮肉な展開だが、ムーアなりの抗議とも言えるだろう。

EC社:エンターテイニングコミックスの略。世界初のコミックブック『ファイマス・ファニーズ』を企画し、コミックスの父と言われたマックス・ゲインズ(1894〜1947)が、1944年にDCコミックスから分かれる形で興した出版社(ECという名称にはDCの次という意味もあった)。
マックスの死後、同社を受け継いだ息子ウィリアムは、1950年にホラーもの3タイトル『ヴァルト・オブ・ホラー』『テールズ・フロム・クリプト』『ホーント・オブ・フィアー』を創刊し、悪化する一方だった業績の回復を狙ったが、ヒーローものの人気低下とも相まってこれらの新タイトルは大ヒットを記録。その後も同社は犯罪もの、戦争ものなど、刺激的な作品群を連発し、一躍コミック業界にその名を轟かせた。
ホラーブームに沸いたコミック業界は、1953年にはついに年間総販売数8億部という史上空前の売上を達成するが、内容の過激さはエスカレートするばかりで、ついに政府当局の目に止まることになる。同年、心理学者フレデリック・ワーサムが発表した、コミックスの児童への悪影響を訴えた書籍 『無邪気さの誘惑(原題:SEDUCTION OF THE INNOCENT)』の主張に、赤狩りの余韻の残る世論が同調したことで、全国的な反コミックス運動が起きたのである。批判の矢面に立たされる恰好になったEC社は、1956年には発行タイトルの全廃刊を決定。ギャグ雑誌『MAD』に光明を見出していく。
一方、各出版社は共同で、暴力、性などの描写を厳しく規制するコミックス・コードを制定。自ら内容規制に乗り出すが、その後の数年で、コミックス専門出版社の29社中24社が廃業に追い込まれるなど、あまりに大きな痛手を負った(1960年時点での年間総販売数は約1億8千万部)。その後、一度は姿を消したスーパーヒーローたちが装いも新たに復活し、アメリカンコミックスの主流となっていくが、こと部数という点では、1950年前半の"黄金時代"には及ぶべくもなかった。
ECコミックスの隆盛は、結果的にコミックス全体の衰退を招いてしまったが、ジャック・デイビス、ハービー・カーツマン、ウォリー・ウッド、アル・ウィリアムソン、フランク・フラゼッタなど、多くの名アーティストを輩出した実績は今なお高く評価され、その遺産は、作家スティーブン・キング、映画監督ジョージ・A・ロメロなど、コミックス以外の分野にも広く受け継がれている。

エドガー・フーバー:(1895〜1972) 1924年から72年に死去するまで、約半世紀にわたってアメリカ連邦捜査局(FBI)長官の座にあった人物。自ら育て上げた強大な組織を意のままに操り、影の大統領とまで評された。

ナショナルコミックス:『ウォッチメン』の発売元であるDCコミックスが、当時、使用していた社名。DCコミックスの"DC"とは、同社で最も古いタイトルである『ディテクティブコミックス(DETECTIVE COMICS)』の頭文字で、長く愛称として使われてきたが、実際の社名は"ナショナル"のままだった。社名が正式にDCコミックスとなったのは、1976年のことである。

『黒の船』:作品用に創造された架空のコミックス。1960年5月創刊で31号続いたということは、1962年11月まで発売されたことになる。ただし、当時は隔月刊のコミックスも多かったので、その場合は64年6月までの発売となる。ちなみに、実際に1960年5月に創刊されたDCのタイトルは『グリーンランタン』。

再販:DCは『テイルズ〜』の初期30号を再販しているということなので、バーニィが呼んでいる『テイルズ〜』も、そのリプリント版だと思われる(3話で読んでいたのが23号で、5話から11話にかけて読んでいたのが24号)。
ちなみに、創業当初、発行部数が少なかったマーヴルコミックスは、後に、新規のファンに向けて盛んにリプリントを行ったが、DCは、30号とまとまった形でのリプリントはほとんど経験がない。

『パイレシー』:ECコミックスが発売していた実在の海賊ものコミックス。1954年10月から55年10月にかけて7冊が発売された。
「パイレシー」 #1の表紙


『バッカニア』:同じく実在の海賊ものコミックス。作品中ではECコミックス発売となっているが、実際にはクオリティコミックスから発売された。1950年1月から51年5月にかけて8冊を刊行。
「バッカニア」#23の表紙


ジョー・オーランドー:(1927〜1998) 実在のコミックアーティスト。50年代から、ECコミックスを中心にホラーものなど様々な分野で活躍し、68年からはDCコミックスの編集者となり、後に副社長にまで昇格した。92年からはギャグ雑誌『MAD』の共同発行人も務めた。なお、ムーアが『テイルズ〜』の初代アーティストとしてオーランドーを取り上げたのは、もし実際にこうした海賊ものコミックスが発売されていたら、編集長のシュワルツは間違いなくオーランドーを起用していただろうと考えたためである。

ジュリアス・シュワルツ:(1915〜2004) 実在のコミック編集者。1944年から86年の引退まで、スーパーマン、バットマンなど、DCコミックスの主だったタイトルの編集長として辣腕を振るった。古参のSFファンとしても有名で、レイ・ブラッドベリとは特に親交が深かった。

引き抜いた:オーランドーは1968年にDCに入社するまでフリーランスを通しており(DCでの初仕事は66年)、全くの創作である。

マックス・シェア:性格や振る舞いから判断して、ムーアは自らをシェアのモデルにしていると思われるが、シェア同様、やがて(一時期)コミックスの表舞台から消えることになる。

三文オペラ:ドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトと作曲家カート・ヴァイルの手になる戯曲。18世紀の古典 『乞食オペラ』の翻案で、社会の偽善を鋭く風刺した。1928年初演。

<P172>
挿絵は、ジョー・オーランドー本人が、1960年代当時の雰囲気で描いたもの。

挿絵の英文の訳:
この召使いも疲れ切ったで、鍋に落として皮を剥げ。皮から太鼓を作りだし、撃ち鳴らす間に大砲を撃て。大砲から生首撃ちだして、海をラム酒で燃やし尽くせ

俺が歩くは曲がった板子。天まで臭う塩漬け地獄。おめえらの世界とて変わりはせぬ。悪徳坊主はおしろい塗って、納骨堂までしゃなりと歩き、富み栄えるのは女と睦む卑劣な悪党どもばかり
(訳:海法紀光)

エドワード・ティーチ:1716年から18年にかけてカリブ海を荒らし回ったイギリス出身の海賊。豊かな黒髭がトレードマークで、その姿は海賊の一般的なイメージとなった。最後はイギリス軍との戦いに敗れ、首をはねられたという。

<P173>
背景に置かれたDCのロゴマークは、1949年から70年にかけて使用されたもの。
DCの初代ロゴ


ウォルト・ファインバーグ:架空のコミックアーティスト。オーランドーの後を継ぎ、『テイルズ〜』の10号から最終号までの作画を手掛けたとされる。ファインバーグの作とされている絵は、もちろんギボンズが描いているが、ファインバーグの経歴はギボンズのそれと共通点があるようには思えない。

西部劇:アメリカの時代劇とも言うべき西部劇には、小説であれ映画であれ、常に子供向けの作品が存在していたが、コミックスでも一つのジャンルとして高い人気を誇った。そのピークは1948年から58年であるとされ、ほとんどの出版社が西部劇を発売していた。
この時期はTVでも子供向け西部劇が人気を博しており、それらの主人公を主役にしたタイアップコミックが数多く発売され、中には、大御所中の大御所であるジョン・ウェインが主人公のシリーズまであった。

ギル・ケイン:(1926〜2000) 実在のコミックアーティスト。40年代から亡くなる直前まで、およそ考えうる出版社、キャラクター、ジャンルの全てを手掛けたベテランアーティスト。確かなデッサン力に裏打ちされた独特のデフォルメセンスは、数多くのアーティストの手本となった。

アレックス・トス:(1928〜2006) 同じく実在のコミックアーティスト。高校卒業後の47年からDCで仕事を始め、60年代からはTVアニメに進出し、ハンナ・バーベラを中心に多くの番組のキャラクターデザインを務めた。ぎりぎりまで簡略化されながらも雄弁な描線が持ち味。

<P174>
居場所は不明:この『宝島』というコミック研究書が1984年に発売されたということは、シェアは84年か83年にヴェイトに雇われたことになる。

オーバーストリート・プライスガイド:実在のコミックプライスガイド。ボブ・オーバーストリートが編集長を務め、1970年の創刊以来、毎年、改訂版が発行され続けている。19世紀末のコミックス創世記から現在までにアメリカで発売されたほとんどのコミックスを網羅しており、コミックスカタログとしての意味合いも大きい。

千ドル:1984年の時点で千ドルのプレミアがついているとは、スパイダーマンの初登場号である『アメイジング・ファンタジー』#15が、1982年の時点で同じ千ドルだったことを考えると、『黒の船』はかなりの人気タイトルと言えよう(ちなみに、2009年現在の『アメイジング〜』#15の相場は、コンディションにもよるが、約5万ドル)。

5.05.2009

「ウォッチメン」原作コミック解説(15) CHAPTER 5 [P155〜P170]

<P155>
PANEL1

ヴェイトの卓上に置かれたキーボードには、見慣れない記号が並んでいる。

PANEL4
画面下の階段はエスカレーターと思われるが、それにしては形が不自然。単なる作画のミスか、あるいは意図的にやっているのか。

PANEL7
10ポンド:約4.5kg;。

<P156>
PANEL4

対称形の中央にあたるコマ。水面周辺など可能な限り、対称形にこだわっている。

<P157>
PANEL4

ヴェイトの胸のバラに飛び散った血は、ピースマークの血痕を連想させる。

<P159>
PANEL4

タクシー運転手のジョーイらしき女性がゴミを捨てている。

画面右からはコバックスが近づいてきている。

PANEL5
害はない〜:1パイントは約473ml。海水は、海水に含まれる塩分を排出するために飲んだ海水以上の水分が必要となるため、このような場合でも飲んではならないとされているが、この程度ならば、ぎりぎり許容範囲内だという。

PANEL6、PANEL4を逆方向から見ている。

PANEL8
先ほどは見つからなかったのか、またゴミ箱を探している。

<P160>
PANEL1

今度は見つかった。ジョーイの務めるプロメシアン・タクシーがヴェイトの傘下にある事を考えると、彼女がメッセージを運んだとも考えられる。

PANEL5
意外にキチンと畳んである。真の自分に戻る手段だけに、こだわりがあるのか。

壁に貼られたポスターは、ヴェイト社の香水ノスタルジアのポスター。詳細はP343参照。

PANEL6
袖のボタンに注目。上着だけでなく、シャツも着替えていることがわかる(路地裏で下着姿になっているコバックスを想像したくはないが…)。ここで自室のシーンを見返すと(P153 PANEL1)、上着やシャツはコバックスのものであり、服までは着替えたものの、マスクを脱ぐ前に眠り込んでしまったことがわかる。

PANEL8
強盗と被害者女性のシルエットは、チンピラが描いた落書き"ヒロシマの恋人たち"を連想させる。

<P161>
PANEL4

このページは、P152 PANEL4と、二人の立ち位置や表情も含め対称になっている。ガンガ・ダイナーでは勇気を出したドライバーグだったが、今度は一歩が踏み出せなかった模様。

PANEL7
ベッドの脇の机の上の本は、ホリス・メイソンの自伝『仮面の下で』。

PANEL8
サイテーだな〜:期待しても無理はない状況ではあるが…。

<P163>
PANEL3

ハスラー:1974年に創刊された実在のポルノ雑誌。先行する『プレイボーイ』や『ペントハウス』よりもえげつない描写で人気を得た。

PANEL7
右目から流血するサメの頭は、ピースマークを連想させる。

PANEL8
ピンク・トライアングル:ナチスは、ユダヤ人だけでなく、同性愛者も迫害の対象として強制収容所に送った。収容者の服には、その罪状に応じて布製の三角のバッジが縫いつけられていたが、同性愛者のバッジの色はピンクで、このバンドの名はその故事に由来していると思われる(ただし、ピンクのバッジをつけていたのは、いわゆるホモセクシャルの男性で、レズビアンの女性のバッジの色は黒だった)。なお、ピンクの三角形は、70年代以降、ゲイリブ運動のシンボルとなっている。
ポスターの右下に書かれた"BENEE"、"CONCE"の文字は人名と思われるが、ピンク・トライアングル以外の出演者だろうか?

PANEL9
ジョーイが手にした『ハスラー』の裏表紙にパイプ・タバコの広告が載っている。キャッチフレーズの「FOR SMOKERS WITH BALLS」は「ホネのある喫煙者に」の意味だが、"BALLS"には、ホネと睾丸の二重の意味がかけられている。なお、パイプ・タバコを吸うこと自体は日常的な行為であり、"ホネがある"とは、ニコチンの量が多いといった意味だろう。

<P164>
PANEL1

作品世界では、プッシュホンに*と#のボタンがないことに注意。ランプが光って着信を知らせているが、効果音を廃したための処置でもある。

PANEL2
レコードとは、グレイトフル・デッドの1969年のアルバム『AOXOMOXOA(アオクソモクソア)』のこと。見ての通り、対称形のタイトル。
デザインも対称形の「AOXOMOXOA」ジャケット
。

PANEL6
ボークイン刑事が持っているエドワード・ブレイクの事件ファイルの番号「801108」も対称形。

PANEL7
"ロー・シャーク"とは、生のサメという意味になるが、ロールシャッハは英語読みでは"ローシャック"になるので、ファイン刑事がそう聞き間違えたのも無理はない。

<P166>
PANEL3

アンダーボス:詳細は不明だが、組織犯罪のボスで、地下にアジトを持っていたと思われる(P339 PANEL5参照)。

ジミー・ザ・ギミック、キング・オブ・スキン:かつてのロールシャッハの宿敵。名前からすると、前者は様々な小道具を駆使し、後者は変装の名人とも思えるが、詳細は不明。

<P167>
PANEL4

卓上にあったコショウをポケットにぶちまけている。

PANEL6
ロールシャッハが手にしたヘアスプレーもヴェイト社製。

PANEL7
マッチを手にしている。

<P169>
PANEL1

先ほどのコショウが役に立った。

PANEL6
ロールシャッハの手前に見えるのは、モーロックの寝室の戸棚に置かれた聖母像(後ろからアップで見たところP61 PANEL9参照)。

<P170>
PANEL10

章末の詩は、18世紀末から19世紀初頭に活躍したイギリスの画家・詩人ウィリアム・ブレイクが1794年に発行した詩集『無垢と経験のうた』に収録された「虎」の一節。

5.01.2009

「ウォッチメン」原作コミック解説(14) CHAPTER 5 [P142〜P154]

<P142>
Rを並べたラムランナーのロゴマークは、海賊旗を連想させる。

画面上部にロールシャッハの帽子がかすかに見えている。

画面左上の新聞は、前日10月20日のもの。「夜半、激しい雷雨」との予報だが、今日もまだ雨が降り続いている。

<P143>
PANEL3

水たまりを踏んでいるのはロールシャッハの足。以後、ロールシャッハは、この水たまりを何度も踏むことになる。

PANEL7
画面右に酒場「ラムランナー」のネオンが見える。2話でネオンの存在は示唆されていたが、実際に描かれるのは初めてである。
張出窓の右上の窓がモーロックの寝室。すぐ隣にネオンがあるので、どうにも落ち着かないと思うのだが、彼の今の懐具合では贅沢も言っていられないのだろう(P61-63参照)。

<P145>
PANEL2

机に置いてあるのは、TV情報誌の定番『TVガイド』。家ではいつも、この椅子に座ってTVを眺めているのだろう。

PANEL4
ゴルディアン・ノット社製の鍵は、またも役目を果たしていない。この鍵が正面から描かれたのはこれが初めてだが、よく見ると、このドアにはノブがない。作品世界のドアが全てそうなのかはわからないが、少なくともゴルディアン・ノット社製の鍵を開けるには、正しい鍵を差し込む以外になく、鍵無しでドアを開けるには、無理やりにこじ開けるなどするしかない。つまり、ゴルディアン・ノットの名は、その開け方まで含めての選択だったのだ。

PANEL5
冷蔵庫から出された食品の山と、扉からはみ出たロールシャッハのコートに気づいたモーロックが、勘弁してくれと言わんばかりの表情を浮かべている。前回の訪問では冷蔵庫の異変に気づかなかったが、さすがに学習したのだろう(P60 PANEL5参照)。

PANEL9
ロールシャッハの直筆。小文字と大文字が混じっている。
ちなみにロールシャッハの日誌は、原書では基本的に大文字で書かれているが、aとeとnとyだけが小文字になっており、彼の精神的な危うさを表現している。このメモでは、日誌では大文字のiも小文字になっているが、その理由は?

<P148>
PANEL6

土曜から〜:土曜日は19日。今日は21日なので、丸二日寝ていないことになる。

<P149>
PANEL1

仏陀を中心とする東洋風のポスターが貼ってある。かなり年季の入った様子で、60年代末にアメリカで東洋思想が流行したことを考えると、この家の主人のおおよその年齢や主義主張が想像できる。

飛び散った血が仏陀の右目にかかり、ピースマークの血痕を思わせる。

PANEL3
今日からお前の〜:1960年代末に流行した格言。

PANEL5
吹き出しでよく見えないが、奥のポスターには「NO NUKES(核兵器廃絶)」と書いてあると思しい。

PANEL6
奥のポスターは、ロックバンド、グレイトフル・デッドの物。グレイトフル・デッドとは「感謝する死者」の意味。
グレイトフル・デッドと言えば、マスコットのテディベアが有名だが、前のコマで床に落ちているクマのぬいぐるみもその一つかもしれない。
グレイトフル・デッドのダンシング・ベアぬいぐるみ。色・柄に多様なバリエーションがあり、コレクターも多い。

PANEL7
被害者の少女の靴には、某有名犬のイラストが。
ちなみにあの犬の名前には「詮索好き」という意味がある。

PANEL9
ドアに飛び散った血しぶきのパターンは、ロールシャッハのコートのそれに酷似している(P200 PANEL4参照)。

<P150>
PANEL3

宅配社の運転手が充電を始めた。

PANEL4
アメリカに渡って〜:1933年、反ユダヤ主義を掲げるナチス政権の樹立を受け、ドイツ、オーストリアから約25万人のユダヤ人がアメリカへと移住した。北アメリカ大陸へのユダヤ人の大量移住は、17世紀半ば(スペイン、ポルトガルより)、19世紀半ば(ドイツより)、19世紀末(東欧より)に続いて第四次を数えたが、当時のアメリカが移民受け入れに制限を設けていたことから、その数はさほど多くなく、また、科学者など知識階級が多く含まれていたことが特徴とされる。

新聞の見出しは「アフガニスタンの戦闘拡大」。

背景の研究所の看板は「ASS DIES」と読める。あえて訳すと「バカが死ぬ」。

PANEL5
もう充電が完了したらしい。

<P151>
PANEL3

切り株の間に剣が落ちている。この剣で木を切り倒したのか。

<P152>
PANEL2

ここで描かれたドライバーグとローリーは、店内の鏡に映った鏡像。このエピソードは、対称系というサブタイトルにこだわったのか、鏡像がしつこいほどに多用されている。

PANEL4
ガンガ・ダイナーの向かいにあるユートピア劇場では、1936年製作のSF映画の古典 『来るべき世界(原題THINGS TO COME)』 が上映されている。この作品は、第二次世界大戦の到来を予言したもので、人類は破滅の淵に立たされるものの、科学と英知が世界を救う結末になっていた。

若干わかりにくいが、ドライバーグ以外は鏡に映った鏡像。無理やりな構図にも思えるが、逡巡するドライバーグの表情と去り行くローリーを同じコマに収めるには、こうするしかないのも確か。

ガンガ・ダイナー付近の地図


<P153>
PANEL1

袖口のボタンが取れたままになっているのに注目。

奥の皿の汚れがロールシャッハ模様になっているのに注目。好物(?)の豆の缶詰は、やはりハインツ製。

PANEL2
割れた窓ガラスを入れ替える金もないのか、そもそも修理する気がないのか。

PANEL3
ベッドの下に、コバックスの愛読紙ニュー・フロンティアズマンが積んであり、彼の正体を示唆している。

枕の染みがリアル。

PANEL4
コバックスを見た子供達が怯えている。ロールシャッハならばわからなくもないが、素顔のコバックスには過剰反応にも思える。子供なりの直感でコバックスの本性を見抜いているのか。

PANEL6
P152 PANEL7を外から見た状態。左右の男女はPANEL4の男女と思しいが、歩いている方向が逆なので別人か。

<PNAEL8>
ロールシャッハが、ナプキンに描いたのは逆さまになったクエスチョンマーク。彼のモデルになったヒーロー、クエスチョンを意識してのことか。
日記ではこの行為に触れておらず、その後もこんな無意味な行動は見られない。どんな意味があるのだろうか?

<PAGE154>
PANEL1

アフガニスタンの次はパキスタンか?:現実では、ソ連はアメリカの支援を受けたアフガンゲリラの激しい抵抗に遭い、10年にわたって泥沼の戦いを続けることになる(後に彼らゲリラは反米に転じることになり、その中にはオサマ・ビンラディンもいた)。作品世界においては、アメリカの対応が間に合わなかったため、一気にパキスタンまで攻め込んだものと思われる。

P153 PANEL9を右側から見ている。

PANEL5
食事を終えたコバックスが店から出てきた。

PANEL9
コバックスがゴミ箱の中のメッセージを探している。

4.27.2009

「ウォッチメン」原作コミック解説(13) CHAPTER 5

※大変お待たせしました!続きを更新していきます。※

「恐怖の対称形」というサブタイトルの通り、この5話では、全てのコマが(サブタイトルや章末の引用文など、毎話共通の意匠は別として)、折り返しとなるP156-157を中心に対称的に配置されている。
4話に続いて、ムーアが楽しんでいる様子が伺えるが、よく見ると、対応するそれぞれのページに登場するキャラクターまでもが対称的に配置されている。さらには、シーンの切り替わりにおいても、前のシーンの最後のコマと何かしら対称になるような仕掛けが施されているのだ。これだけの"縛り"を自らに課すムーアの苦行僧ぶりには思わず笑ってしまうが、新しい技法を試すのに夢中だったのだろう。

<対称ページ一覧>
P143〜148/170〜165:ロールシャッハ、モーロック
P149/164:ファイン、ボークイン
P150/163:バーナード、バーニィ、車の運転手
P151/162:漂流者
P152/161:ドライバーグ、ローリー
P153/160:コバックス(ロールシャッハ)
P154/159:バーナード、バーニィ
P155〜158:ヴェイト

<対称シーン一覧>
P148〜P149:水はねと血痕。
P149〜P150:三角形と飛沫。ご丁寧に構図まで対称になっている。
P150〜P151:こちらに見えているコミックのページは、P151そのもの。
P151〜P152:"鳥"を食べる漂流者とドライバーグ。
P152〜P153:食べ残しの跡。
P153〜P154:畳まれた紙片を開く手。
P154〜P155:Xの文字(新聞の見出し"NEXT"とカフスボタンの鏡像。ちょっと苦しい…)。
P158〜P159:Vの鏡像が作るXの文字と海賊旗の交差した骨。
P159〜P160:サメ(シャーク)のヒレとコバックス(ロールシャッハ)の手。
P160〜P161:並んだ男女。
P161〜P162:ドライバーグとサメに食われる死体のポーズ。
P162〜P163:漂流者とバーナードのポーズ。
P163〜P164:ジョーイとファインの手つき…というか、要素全て。
P164〜P165:ポスターのドクロとラムランナーのロゴマーク。
P170〜P142:構図とロールシャッハの帽子。